二回じゃダメ、千回だ!沢山だ


 山太48才、彼は趣味は山登り。山登りと言っても色々な楽しみ方が有るようだが、彼は自称“ピークハンター”と名乗っている。地図に登った山に印を付けて、ウシシッと喜んでいる変な奴だ。

 山太が山に取り付かれたのは25才の時だ。山に関してはちょっとオクテかもしれない。一人で北山や比良を歩き始めたが、仲間を求めてある山岳会に入る。その山岳会が彼の山登りの方向付けをしてしまった。入会歓迎山行で道のないヤブ山に連れられ感激してしまい、その後ヤブ山の魅力に取り付かれる。

 その頃から登り続けた奥美濃の山々は彼の最も愛するホームグラウンドとなったのである。しかし、奥美濃の殆どの山は道のないヤブ山で、アプローチも長く、ちょっとやそっとで登らせてくれない。
 そんな奥美濃の山々を一つ一つ登り続け、めぼしい山は殆ど登り尽くした山太であるが、以前に敗退した山が一つある。

 あるHPで「千回沢山に登りたいなあ〜」と山太はつぶやいた。
 そのつぶやきに、応えたのはMOGU先生。
「山太さん、千回沢山、行きましょうか。梅雨入りの前あたりに、沢からならご一緒しますが。」
 山太にとっては瓢箪から駒である。

 こうしてこの計画が始まる。と言っても平日山行の山太にとって、一緒に登ってもらえるメンバーは少ない。

 山は逃げる!、ぜひ参加したい、と言っていた佐野さんは都合が付かなくなった。言いだしたMOGUさんも、仕事が入りダメになった。
 今ノリにのっている2FUさんはOK。そして、いつも山太のわがままな山行に、「しゃーないやっちゃなあ〜」とつき合うこまさん。
 このトリオは大峰鉄山の白子谷に登ったメンバーだ。この三人で千回沢山に挑戦することになった。

 山太には慣れた揖斐川沿いの道だが、ちょっと様子が変わっていた。そりゃそうだ。山太が以前に訪れてからもう十年近くなる。
 徳山ダムの周辺関連工事のため、ずいぶんと道が変わっていて戸惑ってしまった。

 露営予定の才谷出合でテントを張って、やっと落ち着いたのが夜中の12時だった。すぐに寝りゃええもんだが、懲りない面々、真夜中の酒盛りが始まる。
 “ヌエの鳴く声”を聞き、あれは虫だと言うことになった。真相は定かではない。
 明日の行動を考え、やっとシュラフに潜り込んだのは1時半だった。

 5時半に遡行開始。空はどんより曇っている。今日1日天気がもって欲しい。
 しばらくは揖斐川の本流を歩くことになるのだが、よく滑る岩にへっぴり腰になる。歩きにくいなあ〜、と山太は思う。最近大雨が降っていないのだろう、触ればコケで岩はぬるぬるだ。

 この思いは3人とも同じだったようで、久しぶりの沢に自分だけバランスが悪くなったのかと思っていたようだ。
 しかしそれにも増して、一年のブランクは大きいなあ〜。としみじみ感じる山太であった。

 イチン谷に入ってもしばらくは平坦な沢歩きが続く。タニウツギが満開だ。
 体重を掛けたのが岩だと思ったら、朽ちた浮倒木で大転倒、全身没する山太である。2FUさんに起こしてもらう。これから先大丈夫かいな?。

 出た〜滝だ!。15メートルほどの真っ直ぐな滝。釜が大きくて滝まで近づ ない。この釜がね〜(^_^;。これは下山時にお話ししましょう。
 右岸を小さく巻いて難なくクリア。と言いたいが、何とかクリア。

 次は小さな釜を持つ8メートルほどの滝、こまさんが取り付くが、ズルズルドボン。この滝も巻くことになる。

 入口に大きな滝のある出合で初めての休憩。まだ標高500mだ。なのに時間はもう7時。ちょっと時間が掛かりすぎ。

ここいらで、「二回じゃダメ、千回だ!沢山だ」何て変なタイトルを付 けたいきさつをお話ししましょう。

  目指す山は“千回沢山”「せんがさわやま」と読むのですが、ある女性、 ここでは名前を伏せて、MANGO さんとしておきましょう。
  彼女から「沢山というくらいだから、沢がい〜っぱいのな山なんでしょ うね」なんてコメントを頂きました。
  なるほど「せんかいたくさん」て読めるのだ。と気付いたのと同時に、こ りゃ!、2回では登れないのでは〜、何て思ったのがこのタイトルです。


 山太はこのイチン谷は2度目なのだが、記憶によれば標高600m地点の沢を右に入ってしまい、そのまま雪渓を登り、北千回沢山に登ってしまった。
 それからヤブを漕いで千回沢山まで行く時間が無く、あえなく敗退である。

 谷が左に折れると今度は倒木を抱き込んだ7メートルほどの滝。2FUさんが忍者よろしく、投げ縄を作り山太が投げるが引っかからない。2回、3回、あ!、ザイルの端を持つ手を離してしまい、ザイル全部が滝の上へ〜(^_^; 、
その弾みで足を滑らし、山太はまた胸までドボン。幸いにもザイルは流れて戻ってきた。
 こまさんも試みるが、同じように足を滑らしドボン。ポケットから撮り切りカメラを取り出す。中から水がポタポタ・・・。(^_^;
 やっぱりこの滝も左岸を巻くことになる。

 これから先は5〜10メートルほどの小滝の連続。その度に右に左に巻いて懸垂で下りる。
 いよいよ雪渓が出てきた。雪渓をくぐって沢を登るのは山太にとって何年ぶりか、いや十数年ぶりだろう。白山や頸城の谷ではいつも出てくる雪渓だが、奥美濃では珍しい。
 ひんやりした雪渓をくぐる時は、洞窟探検のようでもあり、沢登りの面白さの一つだ。
 雪渓の下の植物はまだ春を知らない。そし雪渓が解けると、初夏の日差しに驚いて芽を吹きだす。慌てふためいている植物の様子を考えると滑稽でもある。

 雪渓の奥には滝が見える。登れそうな滝だが今一つ腕力が足らない、憶病にもなった。横の土壁をトラバースしようと、アイスハンマーを打ちつけて登るがやっぱりダメ。登れそうで登れない山太は、ここでもいつまでも若くない自分を自覚する。

 そりゃそうだわ。バリバリに沢を登っていた30才頃は、年間40日も山に入っていたし、夏は殆ど沢登り。そして片手腕立て伏せや、第一関節懸垂など、トレーニングもおこたらなかった。
 おまけに体重も10キロ近く軽かったし、髪の毛も濃かった〜!。何て思い、苦笑いをする。

 少し雪渓の洞窟を戻って左岸のルンゼを登る。草付はトラバース出来そうで出来ない。どんどん上へ上へと追いやられる。
 このまま尾根まで上がってしまおうか〜、という案も出たが、まだまだ距離は長い、岩混じりの急斜面をトラバースしてやっと隣の沢にたどり着く。疲れた〜。

 本流に戻ってもそこは沢底ではなく雪渓の上だ。その上には又滝が見える。周囲のゴルジュ帯は人を寄せ付けようとしない。
 これ以上本流を登るのは無理な様で、枝谷を登ることにした。でもその谷もすぐに壁となり、樹林帯に追いやられる。

「疲れた〜、もう体力の限界やなあ〜。」山太が呟く。

「もう十分楽しんだで〜、ここらで引き返そう。」こまさんもバテている。

「もうちょっと行ってみますか!。」2FUさんは元気だった。

 今の標高は950m地点、千回沢山は1,246m、後3時間は掛かりそう。下山する体力も残さねば。時間は11時半。時間的にはまだ少し余裕はあるが、沢登りとしては核心部には達したし、どうせピークまではたどり着けないので、いさぎよく引き返すことにする。

 傾斜の緩い沢まで戻り、各自腹ごしらえをする。山太は少し遠慮がちにビールを開けた。ビールの味がちょっぴりほろ苦い。頂上での乾杯の味とはチト違う。
 座っていた横にウドの新芽が出ていたので、2本掘ってザックに入れる。これが唯一のおみやげになった。

 登るときには二つ三つ一緒に巻いた滝を一つ一つ懸垂で下りる。長い廊下の先に大きな釜のあるナメ滝があった。登るときは巻いているので知らない滝だ。
ピンにできるものがないので巻かなければ通れない。

 落!落!落!。

 山太が気付いたときは、頭ほどの岩がもう横をかすめていた。ものすごいスピードである。
 ギン!という鈍い音がして落ちた岩は沢で大岩にぶつかり砕けた。一瞬の出来事にビックリする間もなかった。後で足が震えた。運次第では砕けたのは山太のヘルメットだったかも知れない。

 滝の上でピンを探していると残置ハーケンを見つける。シュリンゲも付いていてそんなに古くない。そのまま使わせてもらう。
 滝の横を懸垂で下りていくと、ザイルが滝の中の倒木に絡まっている。これを外さなければ下りられない。
 出来るだけ水を避けてザイルを手繰り寄せたが、頭から水をかぶることになった。寒い〜。

 何度も何度も懸垂下降を繰り返し、登った滝をすっかり忘れている。もう何もないだろうと、肩に掛けていたザイルはザックにしまったが、もう一つ大きな滝を忘れていた。やれやれ〜、まだあったか!。

 思えばこの滝は右岸を巻けばた易く下りれたのだが、残置ハーケンが滝の落ち口のすぐ横に見つかる。
 なんの戸惑いもなくザイルをセットして、「行ってきま〜す。」と山太が下る。
 滝壷の底が見えない。こりゃ深い!。振り子で左岸に逃げようとするが、元に戻される。水中にスタンスがないかと腰まで入るが、足がかりはまったくない。もう一度登り直すには下りすぎている。
 泳ぐか〜、と思ったとき、ふとほっぺたをふくらまして空気を貯えている自分が滑稽になった。
 ザックは背中でプカプカ浮いている。ザイルを外すのがすごく不安。取りあえずザイルを緩めて、爪先で底を探ってみる。とどいた!。ちょうどクビまで浸かったところで爪先で立つことが出来た。
 かなりモタモタしていたようで、上からこまさんがのぞき込む、その時はやっと落ちつきを取り戻し、手をクビに持っていき、ここまで浸かる、と合図する。
 2FUさんとこまさんは、うまいこと振り子に成功して、腰ぐらいまでの水没でまぬがれた。山太は残念だと思った。
 あの素晴らしい恐怖体験を二人に味合わせてあげたかったのに〜。

 後は一時間ほど沢を下れば車まで戻れる。かなり足元がもたもたしている山太である。何でもないところで尻餅を付く、岩から飛び降りると膝で体重を堪えきれず、ガックリなる。疲れた〜。
 こまさんは、フキやミズを採りながら歩いているが、そんな元気も湧いてこなかった。5時20分車に戻る。終わった!。

 ポツリポツリと雨が降ってきたが、帰る用意をしながら小宴会が始まる。
これも何やら恒例のような気がする。
 ピークは踏めなかったけど、3人とも思いっきり遊んだ満足そうな顔だ。

            〇~~/\/\~~/\~~ 《囲炉裏 山太 Santa!》


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